【越後の国=上越市(続編)銀鱗躍動のGAIAと瞼の中の上越 続編】

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第116回

【越後の国=上越市(続編)銀鱗躍動のGAIAと瞼の中の上越 続編】

去年の11月に“瞼の中の”上越について書いたばかりだと云うに、またしても“瞼の中の続編”を書かねばならぬことに相成った。
ちょっとした一大事じゃ。
90年代に“日本初”のパチンコ店フランチャイズ方式を全国に広めた三井企画の上越の本社店舗と、もう一つの主要店舗が閉店なさるという知らせが江戸表に届いたからじゃ。

そしてその本社店舗を買われたのが(前号の氷見市に続いて)なんと、またしてもあのGAIA殿と云うではないか!
去年8月の「茨城・那珂店」→11月「山口・光ツインパーク」→12月「さいたま・岩槻店」→「さいたま・東大宮店」→「熊本・本山店」と立て続けに6店舗も1000台超クラスの新店を立ち上げ、今年はGW前の「神奈川・座間店」と“進撃”が続くが、そろそろ小休止かと思っておったら、左に非ず。
前号の「氷見店」に続きまたしても日本海側への出店攻勢である。
しかも富山、新潟ともGAIA殿は初進出と云うではないか。
いやはやこの勢いには驚きを通り越して、開いた口が塞がらぬという表現が適切かもしれんな。

 

━過疎の地への新規出店、その意図とは━

 

(1) しかし前回11月の「105号」でも記したが、上越市という街は、だだっ広いだけで主要な産業というものは特には無い。
周りの名立町、柿崎町、大潟町、頚城村、安塚町、吉川町、中郷村、浦川原村、三和村、牧村、安塚町、清里村、板倉町という超過疎の13町村が「旧:上越市」にくっついた事で、単純に市域が4倍に拡がったというだけのことであろう。
その結果、逆に人口密度の方は201人/㎢と“過疎の市”と成ったという方が実態に近いであろう。
そこでかかる“過疎の巨大な市”にこれから新規出店されんとする事の意図が、奈辺にあるのやらにつき考証を加えてみんとしよう。

(2) まず企業ごとの店舗数と総台数の確認じゃが、
・N1グループ・・・・3店(520+615+484=1619台)
・DAMZグループ・・2店(546+384=930台)
・AMDYグループ・・6店(224+212+569+216+361+242=1824台)
・三井企画グループ・・3店(321+96+168=498台)
・M.I.D.   ・・・1店(1008台)
・マルハン   ・・・1店(504台)
・ダイナム   ・・・1店(480台)
・D-ZONE ・・・1店(626台)
という具合で、総台数では上越老舗の山下商会=AMDYグループがトップじゃが、如何せん小型店が多いというのが特長じゃな。
同じく老舗の三井企画=Mrパチンコは2月末に基幹店2店を閉めて、総台数を減らされてしもうた。
代わりにと云っては何じゃが、新潟市のシリウス=N1殿が1店舗増やして一気に総台数2番手に上がって来られた。
ところがじゃ、この勢いに乗るN1殿も、昨年11月の新店「N1上越北」店を、当初の600台→520台に減らされておる。
この辺で何やら空に“黒い影”が漂って来て居る気がするぞぇ。

(3) 次にこれらの店舗網を沿道別に見て参るとするか。
・「北国街道沿い」(長野市から直江津港にかけて真っすぐ北に延びる)・・・6店舗
(DAMZ上越、N1上越けんしん大橋、GAIA予定地、AMDY高田、AMDY北城、Mrパチンコニューホームラン)
・「国道18号線上越バイパス沿い」(北国街道の東を南北に並走する)・・・2店舗
(ダイナム上越インター、D-ZONE)
・「国道8号線沿い」(糸魚川から新潟に向かって一番海側を走る) ・・・・5店舗
(ANDY石橋、BIGヤマシタ、N1上越北、AMDY三ツ屋、DAMZ柿崎)
・その他                           ・・・・6店舗
(Midガーデン、マルハン上越、N1上越南、ミリオン、Mrパチンコ三和、シルクロード浦川原)
という具合で、近年ワシが聞いておるのは《8号線沿線から商業施設がどんどん逃げて行って、北陸自動車道と国道18号バイパスの交差する上越インター近辺に、施設のシフトが起こっている》ということらしい。

げんに立地には人一倍“うるさい”ダイナム殿も永らく慣れ親しんだ国道8号の店を畳んで、18号バイパス沿いに引っ越したのぅ。
またN1殿の新店も8号線沿いではあるものの、ほぼ18号との交差点辺りじゃな。
にも拘らず、こんど年末辺りに出されるという噂のGAIA殿の立地は、“元祖”パチンコ街道である「北国街道」にあったMrパチンコ藤巻本店の場所というから、これをどう考えるかじゃ。
またしても一つ解けん謎が増えたわけじゃな。

 

━未踏の過疎地への挑戦、波乱は必至!?━

 

(4) 思うに恐らくGAIA殿は上越地方ではとてつもなく大きな(※おそらく現最大台数のMidガーデンを凌駕する)規模での出店を考えておられるのではあるまいかのぅ。
さすれば
(ⅰ)台数飽和状態の“過疎の巨大な市”である上越市に、「敢えて」出店することも、
(ⅱ)商業集積の偏る上越インター周辺ではなく、「敢えて」旧国道の北国街道に出されることも、
2つとも難問が解けて来ようというものではあるまいか。
とは言え、もしこの仮説が当たっているとすれば、既存店舗にとっては「存立の基礎が根底から覆る」くらいの大波乱が起きる事は必定じゃろう。
とすれば小型店中心のAMDY殿はもちろん、店をGAIA殿に売られたMr殿のホームラン店も“無傷”では済むまいて。
いやはや今年の年末は雪の降る寒い上越の景色になるのか?
はたまた“過疎の巨大な市”に於いていまだ嘗て経験したことの無い、雪も溶かさんばかりの熱い上越の景色に成るのか?
まったく“常人”には計り知れぬ事ではあるわぃ。
この黄門とて計り知れぬ故、此度は“常人”として眺めさせてもらおう。

(5) 越中富山といい、この越後新潟といい、GAIA殿にとっては処女地である。
いくら今、日の昇る勢いのGAIA殿とは申せ、日本海側の北越の地において、如何なるイメージでパチンコ客にアピールできるものやら全く未知で、かつ興味深いものがあるのぅ。
ここで二つのエピソードを噛みしめて“瞼の中の上越:続編”を閉じると致そう。

 

━瞼の中の越後、2つのエピソード━

 

ⅰ)一つはダイナム殿の昔話じゃ。
平成元年(1989年)に金町、綾瀬などの江戸の下町を主ななりわい所としておられたダイナム佐藤洋治殿が、勇躍新天地を“地方”に求めて関東脱出された第一号店が新潟県の長岡であった事は、前回(105号)で報じたばかりじゃったな。
今のダイナム殿の「ゆったり館」のカタチとはおよそ似つかわしくない「カマボコ型」の店舗であったことを知る人も、今と成っては極めて少なかろう。
聖書にある、ユダヤ人のエジプト脱出のドラマではないが、ダイナム殿にとっては企業存続のための一大大勝負だったわけじゃな。
結果は佐藤殿の見通しの通り、大成功となり、その後、山形、秋田へと東北へ“攻め上られる”際の橋頭堡となったのが、この越後じゃったわけである。
その時の記念すべき「ダイナム上越店」のカマボコ型店舗ももう今は無い。使命を既に何百パーセントも果たし終えたからじゃ。
あれから26年経って、上越市の人口密度は急降下に下がる一方である。
もうすぐ上杉謙信の居った春日山城址の名物桜も一斉に咲くのであろうが、上越市の“春”はいまだ遠きにあるような気がするのぅ。
ⅱ)二つ目は、此度主要店舗2店を絞められた三井慶尚殿のお言葉じゃ。
今の時代、機械代が45万円に近づかんとしておる。
昔の19万円台であった頃の2倍超じゃ。
しかるに遊技人口は昔の60%位に減少しておる。
遊技場経営の根底が既に崩れてきておる!という閉店時の談話に対し、そうではない!と反論できる者がどれほど居ろうか?
人口密度と所得水準のもともと低い上越で営業をしてこられた三井兄殿の言葉には、深い嘆息とともに、いささか重い響きも感ぜられよう。
このままいくと、本当に中小の遊技場企業は店じまいを余儀なくされていくのであろうか・・・。
物思いにふける、この春の椿事じゃわい。

カテゴリー: パチンコ,マーケティング,注目ホール,注目市場

メッセージを残す

メールアドレスが公開されることはございません。