【豊前の国=田川市・田川郡 篇 ~変わらぬ遠賀川の流れと変わって行く市場~】

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 117回

【豊前の国=田川市・田川郡 篇 変わらぬ遠賀川の流れと変わって行く市場】

いったい何年ぶりになるかのぅ。
田川に脚を踏み入れるのは。巷間「筑豊」と呼ばれるが、こりゃ「筑前の国」と「豊前の国」を足して二で割ったような地方名と云う事じゃ。
子細に見ると「田川市・田川郡」は今の大分側で、「豊前の国」。
西隣の筑豊最大都市の飯塚市が「筑前の国」となって、福岡側となる。
ま、そんな事は、この地方ではあんまり関係ないようで、筑豊で一括りにして何ら問題はない。
とは言えども広いので、この地方最大都市である飯塚市については、いずれ改めて訪れることにして、今日は「田川」に集中じゃ。

━業界最大チェーンが最大勢力を誇るに至った[筑豊]━

なに故きょう田川に参ったか?
それは、大目付から〈ダイナムがいつの間にか筑豊で最大勢力に成りつつあるので、確かめて参れ〉との(毎度の様に)荒っぽい依頼が参ったからじゃ。
普段のワシなら断るとこじゃが、久々にボタ山やら香春岳(かわらだけ)やらを見てみたくなった故、はるばる参ったという訳じゃ。
そもそも筑豊は明治に入ってより、我が国の炭鉱採炭の始まった場所であり、かつ大牟田~直方あたりまで、日本最大の炭鉱地帯であり続けた訳じゃから、
そりゃぁそりゃ昭和の初めから昭和30年頃までは、さながらアメリカ西部のゴールドラッシュの様に札びらが舞飛ぶ活況であったんじゃろうのぅ。
西隣の飯塚市に「嘉穂劇場」という、日本の大衆剣劇のハシリと云われておる立派な劇場があってなぁ、往時には見せ場で札束の“おひねり”が舞飛んでおったそうじゃ。
昭和30年頃にの田川市は人口10万人も居ったそうじゃが、閉山した今は5万人をとうに切って往時の半分以下の廃れ様じゃ。
石炭→石油にエネルギーの基幹が変わってもうたからのぅ。
さてこんな衰退一方の筑豊地方にこの2年ばかしの間に、江戸日暮里のダイナム殿が立て続けに3店舗も店を展開されたというから、不思議の極みじゃ。
いや、優秀な頭脳のダイナム様ゆえ、きっと綿密な市場調査の上で充分イケる!と結論を出されたものとみゆる。さてさて、早速、田川行脚を始めるとするか。

(1)もともとダイナム殿は飯塚とその周辺に「ダイナム頴田(かいた)」(480台)と「ダイナム桂川(480台)の旧来型の2店舗をやられておった事に注目せねばならぬ。
この2店舗の数字が悪くなかったからこそ、更なる新店立地を探し始められたものとワシは睨んでおる。
そうしたところ、2年半前に一気に「ダイナム福岡田川」(480台)と「ダイナム福岡飯塚」(480台)を連続して出店してきた訳じゃ。
田川店などは強気の店で、「ゆったり館」なのに、20円スロット120台に4円パチンコ80台と“自信満々”の店づくりじゃ。
それだけでも呆気にとられておったら、今度は何と!今年2月の建国記念日に、田川郡川崎町という所に「ダイナム福岡川崎」(512台)という新店を畳みかけて来たではないか。
(業界人は殆どまだ気付いておらんようじゃが)川崎町という処と、512台という見慣れぬ遊技台数が、謎を解き明かすカギじゃ。

━機微な[変化]から読み解く店づくりの意図━

まずは512台の意味から。
ダイナム殿と言えばパチンコチェーンストア理論の“権化”と云っても良い会社で、「標準店舗づくり」が鉄則中の鉄則であった“はず”じゃのぅ。
1島20台の長さで40台×12コースで480台の遊技概数というのが、ついこの前までの「標準店」のスキームで有った筈じゃ。
(※仔細に見ていくと熊本市の「ダイナム戸島」のように従来の480台+スロット35台=515台という挑戦的な店も出来て居った事は事実じゃが。)
ところが最新の「ダイナム福岡川崎」は、従来の20台島に16台しか納めず、台間を更にゆったりとって、1コース32台×16コース=512台という、
全く新しいダイナムのスタイルの第一号店と成っておるのじゃ。
よって、店の間口が2コース分広く成る訳じゃから、従来の台数詰めでみると640台と同じ広さとなるわけじゃな。
どうじゃ、この“変身”ぶりは凄いと思わんか。しかもこの変身が、川崎町という片田舎の街で行われた!という所もまたミソなのじゃ。

(2)田川郡川崎町という街はかつて“同和部落”と云われる部落が多かった街で、それ故かどうか知らんが、福岡県内の著名な企業もなかなか入り込めん街という話しを聞いた事がある。
この街には、古くから在る「100万ドル」「ミラーパレス」の2店しかない時には非常に好調な数字を挙げられていたそうじゃが、
10年前に隣の飯塚市からようやく出店できた「クラブハウス」(800台)が出来てからは、一気に競争が厳しくなったと思われる。
しかしそれでも、もう金輪際この街には新規出店は今後あり得ない!とダイナム殿は判断され、敢えて「低玉貸し市場」では一気に一番店になれると読んで出店を決断されたのであろう。
この判断の裏には、2年半前に約4km北に出店した「ダイナム福岡田川店」が、思いのほかに好成績を挙げて来たというバックボーンが有ったとワシは見ておる。
とは言え、街の人口が16,000人の川崎町だけで合計遊技台数が2,202台という事に成るよってに、遊技台一台当たりを支える人口はたったの7.27人ちゅうことに成ってしもうて、大変な“激戦区”に“大変身”じゃろう。
但し、もう少しこの超過疎市場を見てみると、川崎町と接する「大任町」「添田町」「赤村」にはパチンコ店は存在しない訳じゃから、この2町1村の人口合計17,900人を川崎町に加えると、台当り人口は10.85人と云う事に成って、世間によくある“激戦区”のレベルにほぼ同じくなる。

━視察で見えた、もうひとつの[変化]━

(3)では、そろそろ店舗視察を始めるとするか。
ありゃ、ダイナム福岡川崎は10時から店を開けておるが、「みらーぱれす」と「クラブハウス」の2店は入替検査のため店休日ではないか!
助さん、格さん、いったいどうなっちょるんじゃ?! まあよい、そち達を責めても仕方あるまい。
江戸表に居てはこの福岡の片田舎の店休情報までは摑み難かろうし、だいいちワシも今日しか巡察する行程が組めんのじゃから仕方がなかろうのぅ。
という訳で「ダイナム福岡川崎店」をいよいよ拝見するか。
おっ朝9:45だというのにもう30人以上が並んでおるではないか!ダイナムのような低貸し大型店で、朝から並ぶとは!
いくらライバル2店が店休日じゃと云うても、これは正直凄い事じゃぞ。
川崎の住民はややもすると“よそ者”は受け付けんと聞いておったが、どうもこれは様相が異なるぞぇ。
さあ10時の開店じゃ。おお、ストアマネジャーがワイシャツネクタイ姿でお迎えの挨拶じゃ。
おったまげるのぅ。ダイナムは自信に溢れておるのぅ。明らかにダイナム殿は変わったな。これは大目付にも仔細に報告せんといかん。
従来の20台島に16台しか設置せぬゆえ、台と台の間隔がえらい広うなっちょる。こりゃなかなか真似できん技じゃのう。
それともう一つ注目せにゃならぬのは、駐車台数じゃろう。
4~5年前までのダイナム殿と云えば、480台の遊技台数にほぼ近い駐車台数分の敷地を賃借されて、駐車場カバー率はおおよそ90%を確保されておったと記憶しておる。
しかるに最近ここ1~2年のダイナム新店は駐車場カバー率が8割を切って来ておって、この川崎店などは72%の駐車場充足率じゃ。
どうせ今どき80%稼働する店など全国的にも殆ど無い訳じゃから、こうした70%強の充足率で十分なのかもしれんし、だいいち、駐車場の空きが有り過ぎると、稼働がイマイチの様にも感じられるからのう。
この辺りもダイナム殿が、より現実的に“賢く”成られた証拠じゃあるまいか。

(4)待てよ、このダイナム川崎店だけで終わってしまうマーケットではあるまい。
なにか近くに別の磁石の様な店が存在する筈じゃ。
調べてみるとやはり有るではないか!東に2kmばかし行った所に「ZERO」(504台)という御城の様な豪華な店が在るではないか。
実際来てみると接道する国道322号田川バイパスとの段差に立派な石垣で土台を組んだ豪華なお店が姿を現す。
絨毯敷きで各台計数器の店である。
立地条件は仮初めにも良いとは云えぬ立地であるが、こんな田川市のはずれで、何故かかる立派な店があるのじゃら?
調べてみたら、北九州市八幡西区や戸畑区では「名にし負うzone」の社長の姉御が嫁がれているお店だというではないか!
こりゃ気合が入っているのも“北九州仕込み”という訳じゃな。いやはや恐れ入った。
しかるにこうした立派な高稼働店でも、「ダイナム福岡川崎」が出来てからは、かなり影響を受けたようで、2月に川崎店が新規開店して後、3月に入って10日ほど休んで改装に入られたとの事じゃ。いやはやお客獲得競争の“ツボ”を分っておる店じゃわぃ。
それにしても、「ダイナム福岡川崎」の新しいグランドオープンは、足許の田川郡はおろか、田川市にも影響を及ぼしておることが驚きである。
やはり普段平穏なマーケットに「新しいブランド」で2号店を打ち込んでくると、市場は大きく変化するもんなんじゃな。

━求められる変化対応とその難しさ━

(5)さあ、川崎町近辺はこれ位にして、田川市を一通り覗いて江戸に帰還するとしようか。
田川と云うと「ボンナミ」と云われたくらい、地元では良く親しまれた強豪店であった。
しかし、今日20年ぶりに覗いてみて、すっかり客数が減ってしまっておる事に驚きじゃ。
店内を覗いても、遊技台以外は往時の面影をそのまま残しておるではないか。
時計の針が止まったのかと思わず錯覚したほどである。やはり遊技場というモノは時代の変化に連れて、しなやかに自分も変化していかねばならぬ商売なんじゃろう。
ボンナミの福山社長殿は「ボンナミプラザ」の横のスーパートライアルの広大な敷地を持たれて貸しておられるゆえ、パチンコの方にはそれほど重点をおいておられぬのかも知れぬな。
その“間隙”を突くように2年半前に出店為された「ダイナム福岡田川」(480台)は20円スロット120台、4円パチンコ80台と云う強気の攻めで集客に成功しておるわぃ。
おお、このダイナム殿から、嘗ての炭鉱の名残りの「ボタ山」がキレイに見えよるわぃ。
もう40年前の『青春の門』という五木寛之原作の映画のことを知っておる人も僅かかも知れぬのぅ。
荒くれの対抗労働者や、朝鮮半島から出稼ぎに来た多くの朝鮮人労働者、それに博打場や石炭荷役を取り仕切るヤクザとの、ドロ(石炭)臭い長編ドラマじゃ。
一説によると、日本の在日パチンコの歴史もこの筑豊地方を抜きには語れないと言われとるそうじゃ。
時代は過ぎ、時代は変わり、昔のモノはどんどん忘れ去られていくのも世の理(ことわり)と云うものじゃ。
じゃが、この筑豊の地に立ってみると、昭和20年の終戦後の血と汗と涙で造られてきた我が国の歴史と言うものに想いが至り、亡くなって行った先輩たちに敬意を表せねばならぬ気持が強まってくる。
隣の飯塚市は、自民党副総裁であられる麻生太郎殿の御出身地じゃ。麻生殿の爺様は、戦前、麻生コンツェルンの総帥として巨額の財を残されたとも聞き及ぶ。
今も、ただ変わらぬものは、石炭を大量に八幡に運搬し続けた遠賀川の流れである。

▼ダイナム福岡川崎店

▼ボンナミプラザ

カテゴリー: パチンコ,マーケティング,注目ホール,注目市場

メッセージを残す

メールアドレスが公開されることはございません。