第210回 【越中の国=魚津市、黒部市 篇 新規店に見えた明確な企業ビジョン】

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第210回

【越中の国=魚津市、黒部市 篇 新規店に見えた明確な企業ビジョン】

 

 

 

 

越中富山の魚津に脚を運ぶのは何年ぶりになろうのぅ。
たしかノースランドの澤田オーナーにお会いしてより6~7年ぶりに成ろうかのぅ。
かつて1996年に富山市内に日本初の2000台の「ジャンボ山室店」をオープンされ、“なぜ富山に?!”と世間を騒がせた頃の澤田殿は、まさしく動力車のごときエネルギーの塊りであったわぃ。

あれから20年余。
しかしここ魚津の澤田自動車の木造建物が本社であるという姿は、いささかも変わりない。
戦争中の東京大空襲を避けて富山に移住され、車の下にもぐってオイル交換やら車の修理やらをされながらコツコツおカネを貯めていかれたという“つましさ”は些かも変りおらぬことであろう。
いやしくも魚津、黒部、滑川などの《新川地方》を地盤とされるノースランド殿の“なわばり”に、よもや県外の資本が進出してくるなどとは、考えられもせなんだもんじゃ。

と申すのも、同じ富山県勢の『スーパーVENZ』、『トヤマホール』との歴史的な“県内大戦争”に、満身創痍になりながらも勝ち抜いた澤田殿の足許に“忍び寄る”ことなど、考えにくい事であったからじゃ。
しかるにそうした“県内事情”など無頓着な全国的巨大資本というものが存在しておる。『ダイナム』殿と、全国大手スーパーであった『サティ』(※イオンに吸収された)が子会社でやっておった『エスタディオ』の2社である。
“富山戦争”のさなか、ダイナムは95年に「ダイナム滑川」を、そしてサティもその頃「MAX黒部」(※後→エスタディオ)を、“澤田殿の地盤”に進出させた。
澤田殿の地盤の一角が崩されたわけであるのぅ。

ダイナム殿と富山県とはたいそう相性が良かったとみえて、ダイナムはその後この滑川を足掛かりにして、富山には計13店舗も展開されておる。
但し、「エスタディオ黒部」は2年前に撤退して今は小杉店1店だけを県内に持つだけであるし、さすがのマルハン殿も滑川以東のこの《新川地方》には一切出店しておらぬ。

やれやれ、やはりか…と思われた頃、意外な“伏兵”が現れおった。
福井県の遊技場大手である『USA』殿の、富山県内進出である。
そして、north殿の本丸中の本丸であるこの魚津にも、遂に『USA』の看板が立つことになったのである。
1カ月程前のこの4月25日のことである。

 

 

 

❶ しかし冷静に眺めてみれば、富山県への他県勢の進出は実に凄まじい。

マルハン、ダイナムは当然として、石川の『大将軍=DSG』、福井の『クアトロ』『タイヨーNEO』、京都の『晃商=スーパーDOME』、そして最近では『メガGAIA』の氷見への進出と、オモシロいように富山県に我も我もと進出して来ておる。
よって今回の『USA』の魚津進出も、それ自体は大騒ぎすること無いのかも知れぬ(※USAは黒部、富山、砺波に続き4店目の富山進出である!)。

しかしワシには、『USA』の動きが、単に他県勢がまたしても富山に店を増やした、と云うに留まらぬ意味合いを持つように思えてならぬ。
以下に、ワシの“分析”を記してみる。

(魚津から少し逸れるが…)まず時系列で富山県内の他県勢の進出をおさらいしてみると致す。

1)ダイナム   1995年滑川店を皮切りに、2006年「上市」「富山南」までの計13店舗で止まる。
2)マルハン   2003年「富山店」、2006年「富山インター店」の2店舗で、以降は止まっている。
3)石川DSG  2000年の「富山豊田」、2007年「高岡」の2店舗で、以降は止まっている。
4)京都DOME 2006年以前に高岡四屋」「高岡インター」「福光」。4店目の「砺波」のみ2012年。
5)(福井)e-zone 2001年に富山市に1215台の超高稼働店以来、県内出店は止まっている。
6)福井タイヨー 2007年以前に「富山」「高岡」の2店舗以来、県内出店は止まっている。
7)福井クアトロ 1996年「小杉」、2001年「高岡米島」、2015年「富山田中町」の計3店舗
8)岐阜KEIZ 2012年「高岡」、2013年「富山田中」の2店舗以降は、止まっている。
9)横浜estadio 黒部店を撤退したので、2004年「小杉」の1店舗のみ。
10)東京ガイア  2017年に「氷見店」を進出(※北陸3県で初の出店)

以上の一覧を見て驚くのは、SLOT4号機の撤去という大異変のあった2008年以降の富山県への出店が、極端に少ないという事である。
上記10社による富山県出店合計31店舗のうち、2008年以降の出店はたったの5店舗のみ(!)という事が判明するのである(※上記の太字店舗のみ)。

 

 

 

❷ これに対し福井『USA=㈱大西商事』の場合は、上記の10社とはかなり様相を異にしており、富山県内への4店舗出店は、全て2013年以降の出店である。

これは何を意味するのであろうか?

という訳で、ここで㈱大西商事groupの店舗展開をみてみる必要が有りそうじゃな。
同社は現在計13店舗を展開し、本社は福井市である。されど2003年~2006年にかけて福井から遠く離れた青森県へ、次々と3店舗を出店為された(※「青森」「弘前」「つがる柏」)。
あたかも神戸が本社の『RISING』が青森県、北海道に合計20店舗ほどを出されたのとよく似たパターンではないか?という気がして参る。

おそらく大西社長の独特の“嗅覚”で、青森県民がパチンコ好きという事を嗅ぎ取られての出店ではあるまいかのぅ。
しかし、急速に進む高齢化、過疎化の流れの中で、青森県内での3店は、もう13年以上も経っておるし、もう充分役割を果たし終えた(!)とみても良いのではあるまいか。

と同時に、福井県もご多聞に漏れず、同じく高齢化、過疎化の中にあると申してもよかろう。
さすれば次なる企業存続ポリシーは、福井以外の北陸である富山県と石川県への店舗展開ということに成ってくるのではあるまいか?
そうしてみると、今年中にはオープンしそうな石川県白山市の「スーパーUSA松任店(仮称)」が次なる出店というのも、実に明快に理解できるのではあるまいか。
いやはや、堅実なる出店計画のビジョン、とお見受けできるわぃ。

 

 

 

❸ これで、何となく今回の「スーパーUSA魚津」(626台)の出店の深層の意味がおぼろげに見えて来たのではあるまいか。

“ノースランドに闘いを挑む”などという表面的な見方で終わってはなるまい(!)と感じるワシの見方は、おそらく誤ってはおらぬじゃろう。
極端に申さば、過去の《福井&青森2極体制》から脱却し、北陸3県を中心に、店舗数を増やしつつ、人材育成を図っていく基本戦略ではあるまいか。

この観点で今回の“魚津コンペ”を見てみると、単に“どこが一番で、どこが二番か”風な論評で済ます業界的通例は、少し反省する必要が有るのではなかろうか。
とまれ、《魚津、黒部エリア》で頑張る店舗を一覧すれば、次の6店舗となる。

➀「KING OF NORTHLAND魚津」(651台)※1992年頃「JUMBO魚津」の名でgrand。⑥のほぼ斜向かい
②「KING OF NORTHLAND黒部」(616台)※1985年220台の「ノースランド沓掛」の名でopen。その後大拡張して現在の台数。⑤のほぼ斜向かい。
③「ノースランド本店」(233台)   ※ノースランド発祥の店で1975年創業。90年代は423台であった。現在は低貸し専門店として創業の香りを残す。
④「スーパーUSA魚津」(626台)   ※2019年4月25日にgrandしたばかり。APITAの空きテナ ントの跡に入店。
⑤「スーパーUSA黒部」(648台)   ※2013年open。②のほぼ斜向かいに“対峙”。
⑥「jaran魚津」(700台)      ※1995年に「スーパーVENZ」の名とピラミッドを模した外 観により全国デヴュー。永森商事に買収され、「トヤマホール」「ジャラン」と名を変えられつつも24年間経つ。

このうち《魚津市》だけに限れば、要は➀④⑥の3店による、実質的なコンペを展開中ともみられよう。
④がgrand openしてまだ1ケ月チョイの時点で、④が成功したか、成功とはいえないか、等の議論は、甚だ不適当な言い廻しとなることを肝に銘じねばならぬ。

ワシが今日見た感じでは、現在のところ➀④⑥の稼働率はほぼ横並びに近いものがあって、或る意味4円20スロのお客を3店で同じように分けている現状である、とでも申せばよいのかと…

※左記にも記した如く、『USA=大西商事group』の真の狙いは、次に来るべき石川県白山市の新店の為の、〈組織体制づくり〉と〈若手人材育成。鍛錬〉のほうに重点があるとみられるからである。
勿論「スーパーUSA魚津」が“こける”訳にはいくまいが、逆にこの時期、圧倒的な高稼働を狙いに来ているとみるのは早計である、と感じるしだいである。

 

 

 

❹ いやはや、2015年3月14日に《長野⇔金沢》間に新幹線が開通してからは、もう“長野新幹線”と云う言葉は、いつの間にか消えてしもうた(笑)。
『かがやき』とやらに乗ると、《東京⇔金沢》を何と2時間30分弱で走ってしまう!と云うから、驚きを通り越して、唖然と口を開けるしかあるまい(笑)。

今を去ること434年前の戦国時代末期、越中国の領主であった佐々成政どのは、冬の富山の山を越えて、浜松城に居た家康爺様に、秀吉猿めと徹底して闘うよう嘆願しに参ったという伝説が残っておる。
おそらく立山を越えて行ったのではなく、富山の八尾から安房峠を越して松本経由で浜松まで行軍為されたのかとワシは考えておる。

世が世ならば、江戸東京と2時間で富山が繋がってしまったことが、果たして今後、越中富山にいかなる変化をもたらすのか?あと30年は長生きせにゃならぬのぅ。

 

▼GW直前にグランドした「スーパーUSA魚津」

▼地元魚津を絶対に渡すわけにはいかない「キング・オブ・ノースランド魚津」

▼数奇な運命を背負いつつ生き残ってきた「jaran魚津」

▼6年前に黒部に出店した大西商事の富山1号店となる「スーパーUSA黒部」

▼44年間頑張り今は低貸し専門店ノースランド創業の「魚津本店」

カテゴリー: パチンコ,マーケティング,注目市場,計数管理

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