第211回 【上野(こうずけ)の国=みどり市 篇 日光山の麓の今と移り行く市場】

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第211回

【上野(こうずけ)の国=みどり市 篇 日光山の麓の今と移り行く市場】

 

 

なにやら上毛方面で騒がしいようじゃな。

なんでも1軒の店が風適法違反で営業停止の行政処分を受けるとの由じゃ。
そこで《みどり市》まで急行致そう。
《みどり市》とは異な名前の市じゃが、2006年に〈大間々(おおまま)町〉〈笠懸町〉〈東村〉合併して、かかるシンプルな市の名前に落ち着いたみたいである。

じゃがワシの様な歴史好きにとっては、昔の町名の方がピンとくる!というもんじゃ。
車や鉄道の動線をみても、失礼ながらどうみても〈大間々エリア〉と〈笠懸エリア〉とは、やはり別々の街というべきである。
驚くことに《みどり市》には定時の循環バスというものが存在せず、電話やネットでバスを予約し、その予約した時間に予約した場所で乗り合いバスに乗り込むという“画期的な”過疎地のバスシステムであることじゃ。
電車の方も、〈大間々エリア〉は東武桐生線、〈笠懸エリア〉の方はJR両毛線であるが、両線は全くどこでも交差してはおらぬ故、乗換需要はゼロである!それ故、遊技場のほうも上記2つの地区に分かれておる!と云ったほうがよい。

それでは各別に巡察して参ろうぞ。

 

 

❶ 先ずは《みどり市》の遊技場を一覧してみよう。

《大間々エリア》
➀「スーパーD’station大間々」(1001台)※2005年開業、昨年11月より休業中
②「マルハン大間々」(886台)      ※2008年開業
③「ダイナム大間々」(480台)      ※2000年開業、全国大手のみどり市への進出第1号
さくらモールの一角を占める複合的な出店で、大間々の最高の立地といえる。

《笠懸エリア》
④「BIG MARCH桐生」(628台)      ※2011年開業(元:メッセ)。店名に桐生と付くがみどり市に所在。国道50号に面しK’sデンキの真横の広大な敷地
⑤「FEVERみどり」(437台)       ※誇り高き(かつて桐生に在った)SANKYOの定番機の名を店名に付すことを許された老舗企業。西池袋にも出店しており、4店舗の経営。国道50号に面し、ニトリと隣接の好立地 
⑥「VERY」(480台)           ※県内企業で単店経営

※みどり市からはみ出るが、「あすか藪塚」(708台:太田市)と、「じゃらん634Ⅲ」(276台:桐生市)も、《笠懸エリア》に間違いなく入るが、今回は時間の関係で巡察をご勘弁願いたい。

 

 

❷ さて先ずは《大間々》から。

そもそも大間々から北は渡良瀬川の上流の〈わたらせ渓谷〉で、人が殆ど住んではおらぬ。
なのに何故こんな群馬でも“辺境”の地に街ができたのであろうか?渓谷を遡ると、明治時代に〈足尾鉱毒事件〉として日本中を騒がせた足尾銅山で盛んに銅を採掘・精製しておったのじゃ。
当時、銅といえば工業・軍事に不可欠な重要金属で、今で言うレアメタルのようなもんじゃ。
なんでも太平洋戦争の頃には、日本で採れる銅の40%は足尾製であったというから凄いもんではないか!精製された粗銅は今の〈わたらせ渓谷鉄道(当時は国鉄足尾線)〉でこの大間々まで運ばれ、ここから関東の金属加工工場まで運搬されていったものと考えられる。

かようなわけで、養蚕で栄えておった桐生・大間々に、〈銅〉というカネのなる金属が集配される事で、おそらく嘗ては大間々も相当栄え、おカネも町にだいぶ落ちたことであろう。
先の大戦終結後も昭和48年までは銅の生産も続いたようじゃから、当然、庶民の憩いの遊技場と云うものも必要となってくる訳じゃ。

以上の歴史認識を踏まえると、こんな群馬の“辺境の町”に、どうしてダイナム、マルハン等の超大手もやって来たのか?の背景も見えてくるのではあるまいか。
あと、隣の桐生市には【かつては】大手パチンコメーカー平和の工場も【在った】ので、往時にはそれはそれは住民税が、桐生市を始めこのエリア一帯に入ってきて、おカネの循環も相当よろし【かった】と推測される。

こういう経済的背景のもとで、2000年にやって来た「ダイナム」、2005年の「ㇲ-パーDステ」、2008年の「マルハン」の大手3社の店は、瞬く間に市場のシェアを獲得していった事が思い出される。
反面、その陰で潰れていった店も多い。※後ほど閉店した店舗を一覧する。

永らく閉店しておる「スーパーDステ大間々」については、1000台超えという空間の広さも手伝って、昨年11月に“自粛”閉店するまでは、みどり市内でもNO.1の集客をしておった様じゃ。
その店が急に休業するもんじゃから、残された②「マルハン」、③「ダイナム」にとってはこれを奇貨としてけっこう楽な営業が出来ておる状況ではあるまいかのぅ。
店の中を覗いても、➀が閉店しておるせいか②③とも緊張感が薄く、どちらかと云うと“のんびり”営業をしておるように感じられる(ニヤッ)。
ま、何はさておき➀「スーパーDステ」殿の営業停止が満了し、一日も早くまた〈大間々エリア〉にコンペの活況が戻ってくる事を祈るほかあるまい。

 

 

❸ 次はみどり市内をグッと南に下がって《笠懸エリア》の巡察と参ろう。

この蒸し暑い中を、大間々➡笠懸まで約5kmの距離を歩かねばならぬとは、チトきついのぅ。
じゃがこれも神命と思い、脚の鍛錬のため歩いてみようか。
冒頭にも記したが、みどり市内には定期運行バスというもんが無い故、しかたあるまい。

やれやれ歩くこと約1時間強、ようやく幹線道たる国道50号線に到着じゃ。良い汗をかいたわ(笑)。
JR両毛線「岩宿駅」の南を走る国道50号沿いには、大型のロードサイド店舗が軒並み続いておるのぅ。
ヤマダデンキ、ケイズデンキ、ニトリ、スーパーのフレッセイなど軒並みじゃ。
何と申しても〈桐生ボートレース場〉が存在しとるではないか!こうなってくると、〈みどり市〉の核となるエリアは、〈大間々〉なのか?〈笠懸〉なのか?いよいよ分からなくなってくるわぃ。
やはり元々「郡」の異なる3つの町と村が合併してできた市であるだけのことはある(笑)。

因みに市庁舎の方は、笠懸エリアに存在する。
この50号沿いに300m離れて店を構えておるのが、④「BIG MARCH桐生」と、⑤「FEVERみどり」の2店舗じゃ。
両店とも、大型商業施設との近接具合と云い、敷地の広さと云い共に全く申し分ないのぅ。
なぜこの50号沿いに「Dステ」「マルハン」「ダイナㇺ」が進出しなかったのか?逆に不思議に思えてくる。

おそらく当然物件を物色したであろうが、既存の④⑤は良い場所を押えておるし、他に広い敷地は皆、他の商業施設に押えられてしまっておった!というのが実情なんじゃろぅ。
残念ながら④の場所で盛業であった「メッセ」が、ようやく2011年に閉店したわけじゃが、そこを直ぐに居抜きで押えたのが、茨城の「BIG MARCH」=㈱ジョイパックであった。
また⑤の場所は恐らく昔はボウリング場と併設の「レイク」というパチンコ店だったと思われる。
なぜなら桐生競艇場のある湖が阿左美(あざみ)湖という“レイク”だからである。
この群馬の老舗企業は、当然というべきか、同じ桐生の名門企業であった『FEVER』=三立企業㈱に売却の話しで声を掛けられたという筋書きなのじゃろう。

 

 

❹ それにしても『メッセ』の宮本殿は、かかる好立地での営業をなにゆえ止めて売却してしもわれたのか?という疑問が頭をもたげてくる。

なんでも伝え聞くところによると、群馬、栃木、埼玉に広く展開されていた店舗をほとんど整理・売却されて、東京都に極力新規出店の網を張ってゆきたい!との由。
極めて分かり易い出店哲学じゃな。
その結果、群馬では「高崎倉賀野」「太田矢島」「富岡」と、ここの「桐生(正確には、みどり市)」を、栃木では「佐野」を、埼玉では「本庄」「羽生」を見事に売り抜けられた!東京以外で残っておる店は560台スロ専の「足利」と、千葉の「市川行徳」のみである(※正確には茨城稲敷の「江戸崎」も営業されておるが、これは元々ダイナムだったものを借りておられるので、自社物件ではない)。
さすが東大出の専務は頭脳がシャープであられるのぅ。

「BIG MARCH」殿にしても、「高崎おおやぎ」「伊勢崎八斗島(やったじま)」と併せ、3店舗体制と成っているので、このみどり市への出店は、まさに“渡りに船”というヤツじゃったのだろう。
この「BIGマーチ」に対し、純粋な群馬桐生の企業である「FEVER」の赤石殿は強い“免疫力”をお持ちなのか、チト気になるところである。
と云うのも、東京の西池袋の「あたりや」撤退後の居抜き出店がチト苦戦気味だからじゃ。
ま、東京での経験をもとに、このみどり市での好立地を活かして奮闘為される事に期待致そう。

 

 

❺ 最後に、みどり市という“いなか”の街で起こった大手進出による“あおり”を受け、閉店していった地元店に付いても触れておかねばなるまい。

みどり市の隣りの桐生市は、かつてメーカーの㈱平和の本社も工場も在り、平和は最盛期には年商約1000億円、営業利益が年間300億円も出ていた事をワシは記憶しておる。
当然、相当な法人市民税等が桐生市に納付されていた事であろう。
じゃが、㈱平和は㈱オリンピアに事実上買収され、平和の本社も東京に移ってしまい、新桐生駅横にある工場は、今はもぬけの殻で、平和の工場は伊勢崎市の赤堀に移ってしまった。
※ついでに申さば、SANKYOの工場も伊勢崎市の伊勢崎インター横、OLYMPIAの工場も伊勢崎のSANKYOの北側にあって、伊勢崎市こそがパチンコ・SLOT関連では多額の税収が入っていると思われる。
あるカタの説によると、桐生市は将来消滅する市ではないか?!という空恐ろしい見方すらある。
〈みどり市〉とて他人ごとではあるまい。

かつて《笠懸エリア》には
「SEIBU103」(500台超)
「ニュー丸の内」(500台超、
「JJ笠懸」(273台)
等もあったが、皆閉めてしもわれた。

更に眼を国道50号の東に転ずると、
「パラッツオ桐生」(500台)
「FEVER会館桐生」(313台)
「クイーンエリザベス」(526台)
等も次々に閉店してしまって、桐生市の国道50号線近くで、今生き残っているのは「じゃらん634Ⅲ」(276台)と「ダイナム群馬桐生」(480台)の2軒だけとなっておる。

《大間々エリア》にあっても同様で、2000年以降に
「シルクハット大間々」
「NEOフェニックス」
「Raps」
の地元店が次々に閉店していっておる。
淋しいと云えば、淋しいばかりじゃ。

じゃが大手といえど安泰というわけでは毛頭あるまい。
今回の「スーパーDステ」殿の4カ月の営業停止の行政処分をみても、遵法基準を少しでもはみ出ると社会の逆風に晒されることになることを、業界の人々は再度肝にシッカリ銘じておく必要が有ろう。

ホンマのことを申さば、今回の巡察は早々に切り上げ、せっかく日光山の麓まで来ておるのじゃから、家康爺様の眠られる東照宮に一目散に駆け付けたい気持ちでウズウズしておる。
今夜は桐生にでも宿をとって、明日早朝から日光に登ってゆこうではあるまいか。

 

 

▼営業停止の行政処分をうけて休業中の「スーパーDステーション大間々」

▼7ケ月以上ライバル店が休業しているなかで営業する「マルハン大間々」

▼さくらモールの一角の好立地で、泰然自若の独自営業をする「ダイナム大間々」

▼みどり市南部の50号線沿いで、ニトリの横で営業する「フィーバーみどり」

▼みどり市南部にて、K’Sデンキの横で広々と営業する「BIG MARCH桐生」

カテゴリー: パチンコ,マーケティング,注目ホール,注目市場

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