第218回 【摂津の国=堺市(北部) 前篇 超巨艦店でなければならなかった理由】

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第218回

【摂津の国=堺市(北部) 前篇 超巨艦店でなければならなかった理由】

 

いやはや令和最初のお盆は、平成のどんな時よりも暑かったのではあるまいかのぅ。
暑いときには熱い所へ行って、精神と体を鍛えねばなるぬと云うのがワシの流儀じゃ。
という訳で今年の盆は〈大阪堺〉へと出陣じゃ。
なにせ関西最大のお盆のshowが、この堺で繰り広げられておるというからには、ワシの役柄上、巡察をモタモタする訳にはいくまい。
しかし堺と云わば、秀吉(さる)めに切腹させられた千利休殿で有名な都市ではないか!
また戦国時代には、全国の大名が競ってここ堺で、鉄砲を買い付けた事でも有名じゃ。
戦国が終わり、徳川の平安の時代が訪れたというに、また乱世に逆戻りという訳には決して参らぬぞ! 
ささ、急ぎ〈のぞみ号〉に駆け込みじゃ。
 

❶ 〈堺に超大型のキコーナ進出〉これの、何がポイントなんじゃろう?

まずこの点からスタートしないと、事態の本質はなにも摑めぬじゃろう。
実は今でこそ『キコーナ』殿は、大阪の南は富田林市にまで進出されたが、大阪府下40店舗について、大和川より南に在るのは、この盆前に出された「グランキコーナ堺」と「キコーナ富田林」の2店舗のみなんじゃ!
と云うことは、堺よりも南の高石、泉大津、岸和田、貝塚、泉佐野、泉南、阪南の、いわゆる《泉州》には一軒も出店されておらん!という事を把握しておく必要があるということじゃ。
何故なんじゃろう?ホンマの事は木下社長に聞いてみんと分からぬ。

また「大阪の《河内》と云われるエリアについては、13店舗出されておる。
じゃがそれら全部が2011年以降のM&Aによる店舗ばかりであって、キコーナ自身で土地から手当てして新築した店は〈一軒も無い!〉。
これもまた驚くべきことではあるまいか。

実は“種明かし”をすれば、元々『キコーナ』殿の本拠地は、兵庫県から始まり、大阪の豊中、吹田、茨木、のいわゆる《北摂》と大阪市内であって、敢えて積極的に《北摂・大阪市内》から“外”に打って出ようとはされなんだ!ということなのじゃ。
この背景には、あくまでワシの推測じゃが、木下社長の深慮があったと思われる。
と云うのは、例えば《泉州》エリアについては、古くより『新井興産』の新井社長が強力な地盤を形成知っておられる。
また《河内・南河内》エリアにあっては、『延田興業』の延田社長とか、《平川商事》の平川社長を始めとする在阪の大手・中堅企業が昔から“地盤”を築いておられる。
お互いに顔を知り抜いた大阪の有名どころと、“一戦を交える覚悟で新店を造る”ことにより、大阪に無用な波風を巻き起こすことを、キコーナの木下社長は避けてこられたのではないか?
これはある種の“人生哲学”と云うべきものであろう。
 

❷ しかし、今から8年ほど前の2011年頃から流れは変わってくる。

店舗を買ってほしいと頼まれて数店舗をM&Aされてから、徐々に社内の幹部人材の活性化が進んでいったようである。
考えてみれば、企業と云うものは、利益だけを追求するために存在するものでは無く、企業に結集する社員、アルバイト、またその家族という“人のゲマインシャフト”(独語で、ヒトの共同体)であろう。
さすれば社長の仕事というものは、より多くの多彩な人材を企業の名のもとに糾合することではなかろうかのぅ。
こうした企業哲学が在ったかどうかは知らぬが(笑)、2013年頃より“積極的に”他社の店の吸収合併を積極的に進められることに成ったみたいじゃ。
もちろん店だけを取得するのみならず“人”の吸収も同時進行である。

こうして6年前までは50数店舗だった『キコーナ』が、いまや160店舗に近づかん勢いじゃ。

勿論この間、一からの新店が全く無かった訳ではない。
「キコーナ加古川」(兵庫県)、「キコーナ松戸」(千葉県)等の1000台クラス店舗が大成功しておる事は、皆もご存知であろう。

随分前置きが長うなってもうたが、こうしたこの6年間の流れの“集大成”とも云うべき新店が、今回の「GRANキコーナ堺」(1817台)という位置づけであると考えてよかろう。
場所は〈翁橋町〉と云って、国道26号と、大阪中央環状線(府道2号)が合流する、堺の文字通り中心の幹線道路に面しておる。
堺の南蛮祭りでも行列が進む別名〈フェニックス通り〉じゃな。
将に堺の東西南北どこからでもアクセスしやすい絶妙のロケーションと申して良かろう。


❸ さて、到着した。早速中を覗いてみると致すか。

7月27日にgrandしてから13日目の夜20時をとうに過ぎておるというのに、まだ900人近いお客が居るではないか。
盆前の木曜日の夜じゃけん、特段多く集まるような日でもあるまい。
ハハ~ン、世に謂う“出しておる”と云うヤツじゃろうか。

それにしても、ごっつう立派な建物じゃのぅ。
オイオイ、河野設計東京の花輪がでておるぞ。
天井高も充分高くて、キコーナ殿始まっての豪勢な造りではあるまいか。
ヌヌ、玉・メダル貸しユニットや玉計数器がDK(ダイコク電機)社製じゃと!? これまた珍しいのう。
如何にこの超大型店に気合いが入りまくっておるか!を表わしておると云うもんじゃ。

こうしたキコーナ殿の“大変身”というのも、今後の何かを暗示しとるのかも知れぬのぅ。

ワンフロアで1817台という設置台数も、大阪府下では間違いなく最大台数となる。
このあたりも、大阪枚方市にある「ベガス1700枚方」(1700台)や、「マルハン加島」(1400台)、「123+N布施」(1408台)を充分意識した規模の設定であろう。
それほどに、この堺を一つの大きな“戦場”と位置付けられたという事じゃろうな。
 
 

❹ はて、この「GRANキコーナ堺」を“迎え撃つ”側の店舗は、どうなっちょるんじゃろう。

(※この“競合関係”の詳細については、関係ある店舗が多すぎてとても書き切れぬ。紙幅の都合上、次回でのお楽しみとさせて頂こう。)
今回は、サワリだけ取り上げとくことにする。

まず思い浮かぶのは、永らく堺市内の最大チェーンとして有名であった『楽園group』である。


➀「RAKUEN PLUS」(810台)
②「RAKUEN2」(436台)
③「メガスロRAKUEN」(414台)

の3店は、実質同一敷地みたいなもんじゃから、3店合わせると、計1660台。
この3店から約800m南に下った所に

④「VERDE」(1032台)

も展開されておる。全く凄い(!)の一言に尽きよう。
➀~④の合計じゃと、なんと2692台にもなる。まさにドミナントのお手本のようじゃ。

次は、堺市内に計4店展開しておる天下の『マルハン』殿である。
特に「GRANキコーナ」と2km圏内で近いのは、

⑤「マルハンメガCIY堺」(1072台)
⑥「マルハン遠里小野」(1092台)

の2店である。
特に⑤は、マルハンとしては“遅ればせながら”2008年に堺への初進出である。
上記の➀②の「RAKUEN」や、近くの「スーパーCOSMO」と激戦を繰り広げながら、ようやく安定して万々歳といったところだったと思われる。
また⑥は、同じ大和川沿いの強豪ライバルである「KING OF KINGS大和川」(1360台)への“牽制”の意味も込めて2013年に1000台超で出店なされた。

つまり⑤と⑥の2店で、堺の北半分を“おさえる”という戦略であったと推測される。

しかるに、この⑤と⑥の“ど真ん中”に、GRANと名の付く『キコーナ』が“堂々と”新規出店して来たものだから、さあ大変な状況変化という事に成ろう。
また逆にキコーナの側から考えた場合、⑤(1072台)と⑥(1092台)の間のど真ん中に出店するにあたって、800~900台の規模では“有り得ない!”事は、至極自明の理ではないか。
これが、〈1817台〉という、キコーナ始まって以来の超巨艦店でなければならなかった、大筋といってよかろう。


❺ という訳で、今回の漫遊記は「GRANキコーナ堺」というメガトン級の店舗が、堺市のど真ん中に新規出店したことの持つ深い意味と、これによる堺マーケットの影響予測を、ごくごく概括的に取り上げるのに“留めた”。

周辺ライバル店舗の具体的な動きやら、またより影響を蒙ると思われる中小型店については、個別に仔細に観て廻る必要がある故、とても今回触れる訳にもいかぬ。
稿を改めて詳述することと致そう。

なんとか一日、熱射のなかを歩き廻ることができて、なによりじゃ。

さ、これから鶴橋に出てスタミナ焼肉やら辛いスープやらをしこたま体に取り入れて、疲労回復と参ろうぞ。
暑いときには、熱くて辛いモノが、やはり滋養強壮に良いからのぅ。

 

▼大阪府最大規模の「GRANキコーナ堺」
▼GRANキコーナ堺の標的ともされた「RAKUEN PLUS」
▼ドミナントの「メガSLO RAKUEN」
▼少し離れたRAKUENグループの「VERDE」
▼「GRANキコーナ堺」との”頂上対決”の片方となる「マルハンメガシティ堺」
▼「GRANキコーナ堺」を挟むカタチとなる「マルハン遠里小野」

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