【摂津の国=伊丹市 篇 二社が独占する天才軍師幽閉の地】

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第232回

【摂津の国=伊丹市 篇 二社が独占する天才軍師幽閉の地】

 

 

 

江戸住まいになってより、上方に出向くことは少のう成ってもうたわぃ。
じゃが江戸の鮨屋でたまに清酒白雪を見つけると、日ノ本最初の“清酒”の発祥の地であった伊丹という街に無性に行ってみたくなって、今回の関西巡察と相成った次第である。

伊丹と云えば〈昆陽池〉と云われるくらい、大阪伊丹空港を離陸する際、眼下に見えてくる大きな池が有名じゃな。
池の中に日本の地形を象った島が浮かんで見えるほど、大層な大池じゃ。
昔から、猪名川水系の聖水を使った酒造りが行われておったが、丁度関ケ原の戦いの頃、それまで一般的であった“にごり酒”を濾して、無色透明な現在の清酒を造られたのが、当時の伊丹の酒造家であった。
これが後に江戸に船で運ばれてきて、江戸でも大人気と成ってしまった訳じゃ。
その後伊丹の酒造家たちは、江戸への水運の便利な神戸の東灘に本拠を移して、今日の“灘の清酒”ブランドに成ったという訳じゃな。

お蔭で灘にはお金持ちがいっぱい出来てもうて、その金持ちの御子息たちの為に出来たのが〈灘中・灘高〉ちゅう訳じゃ(笑)。
今日の伊丹は、陸上自衛隊の関西での司令部のある伊丹駐屯地として知られているが、大阪・神戸への通勤圏として、大変便利な住宅地として栄えておる。
さて、それでは清酒発祥の地=伊丹を廻ってみるとするか。

 

 

❶ 「遊技場」という視点で見ると、この伊丹は実に日本でも稀な“特殊な”街ということが分かる。
それは、風俗営業である〈パチンコ屋〉は、ただ一箇所=〈阪急伊丹駅〉周辺にしか存在しない!という事である。

裏返せば、阪急伊丹駅周辺以外の郊外・駅前には【新規出店が認められない!】という事じゃ。
関東・中部の人たちにとっては理解不能かもしれぬが、市の条例で風俗営業の新規許可が厳しく規制されているという事になる。
驚くにはまだ早いぞ。
同じ兵庫県では、伊丹を取り囲む〈川西市〉〈宝塚市〉〈西宮市〉等が同様の条例を制定しておって、新規の許可は“絶望的に”【不可】なのじゃ。
つまりは、M&Aにより既存店の権利を買収してゆく他、出店の方法が無い!という結論になる。

という訳で、早速〈阪急伊丹駅〉に駆けつけてみると、これまたビックリ。
駅周辺に計9店舗が密集しておるのじゃが、これがたったの【2社のみ】による9店舗というではないか!即ち、以下のようになる。

➀「伊丹一番」(412台)        ※大山観光の発祥の店舗(1955年~)
②「Zenith Court阪急伊丹」(592台)  ※阪急伊丹駅ビルの地下に、広々とした遊技場空間
③「Zenith CourtグランSLOT伊丹」(416台)※②の道路向いの、駅前カブリツキSLOT店
④「SLOTバニラ」(112台)       ※大山観光による、もう1軒のスロ専
⑤「SONIC BEAT」(266台)        ※大山観光による低貸しパチンコ専門店

⑥「キコーナ伊丹」(338台)※アンダーツリーによる伊丹一号店で「マリリン」を買収
⑦「SLOTキコーナ伊丹」(304台)   ※アンダーツリーによる、劉社長の店を買収
⑧「パチンコキコーナ伊丹」(314台) ※アンダーツリーによるパチンコ専門店で⑦と同様の買収
⑨「タウンライト伊丹」(317台)   ※アンダーツリーによる⑦と同様の買収

とまぁ、完全に2社による“伊丹分け”じゃのぅ、ガハハ。冗談冗談。
上記の9店舗のうち、最初から許可を新規取得されたのは、➀と③の2店のみで、あとの7店舗は全てM&Aによる既存店の許可の承継ということになる訳じゃ。ホンマに見事なもんやな。

 

 

❷ 伊丹市ちゅう街は、鉄道線としては南北に〈JR福知山線〉と〈阪急伊丹線〉2本が走っておる。
どちらにも「伊丹駅」と名付けられておるが、この両駅の間を歩いて移動する人はあまりおらぬ。
それくらい両駅は離れておる。そしてJR伊丹駅の方は、かの有名な《有岡城址》と《イオンモール》があるだけで、風俗営業店は一軒も無い!何ゆえ阪急の側にパチンコ店が全部固まってるかと申せば、単純に、阪急伊丹駅に繁華街が固まっている!との、ただ一言である。

➀~⑨の各店を一覧して感ずることは、②の592台を最大として、あとは112台~416台の中・小型店が多いという事じゃろぅ。
無理も有るまい、M&Aによってしか出店できぬ以上、真隣の建物でも売りに出ない限り、拡張も出来ぬ訳じゃからのぅ。

その中にあって、②「Zenith Court」だけは、阪急駅ビルの地下と云う立地特性を活かして、広々とした空間を確保しておる。
或る意味、皮肉な出来事じゃ(笑)。
また②の真向いの地上店舗③の「Zenith CourtグランSLOT伊丹」スロ専と併せると、大山観光殿は計1002台の集合を創られておる。
また➀の「伊丹一番」という店は、今でこそ立派ながっしりとした建物と成っておるが、1955年というから昭和30年の、大山観光創業の店と云う事で、ひときわこの伊丹に想い入れの深いものを感ずるわぃ。
そうでなければ、この阪急伊丹周辺だけで5店舗の“固め打ち”は有りえぬ事じゃったろうて。いやはや、驚いて溜息が出るばかりじゃ。
“固め打ち”と云う点で想い出されるのは、江戸板橋・大山駅周辺の『やすだ』殿が、かつて5店舗でがっしり固めておられた事じゃ(※今は、4店舗となっておるが…)。

 

 

❸ 他方、遅れること2011年より伊丹に進出なされた『アンダーツリー㈱』の木下社長のところの4店舗は、皆“数十歩ずつ”歩けば互いに移動できる範囲内での店舗配置じゃのぅ。
或る意味見事な“ドミナント”じゃ。ま、⑥の「キコーナ伊丹」を1軒取得した後、同一法人の店であった⑦~⑨をM&Aによって次々と傘下に入れられたわけじゃから、或る意味、木下社長は余程の運勢の強い御仁と、お見受けする。

実は今回の伊丹巡察は開店前の朝の巡回のため、詳しい営業内容は観る事はできなんだ。
じゃが、③と⑦の2軒のスロ専には、開店前から数人ずつ客が並んでおるから、ホッとするわいのぅ。

こういう2社による集約的“ドミナント”においては、何よりも《自社競合》により、お客の偏りを生じさせぬ事が、何より肝要と成るであろう事は、言うまでもあるまい。
この点、大山観光殿は、③④をスロ専に⑤を低貸しP専門店にして、“キレイに”棲み分けておられる。
また、アンダーツリー殿は向かいどおしの⑦⑧につき、⑦をスロ専に、⑧をパチ専にするという、定石通りの棲み分けし、⑨を低貸しが主な「タウンライト」とする事で、これまた上手に棲み分け為されておる。この“ドミナント”と“棲み分け”の実態を検分することが主な任務であったから、充分納得できる実態を観れて、満足というものじゃ。
いずれにしても、こんな稀有な事例は、今は関東でも滅多に見られるものでは無いぞぇ。実に不思議な体験じゃ。

 

 

❹ ところで、伊丹市の簡易な巡察はこれで終わるとして、はたして、パチンコの伊丹商圏というものは、伊丹市だけで“閉鎖的に”完結するものであろうか?

これが、実は最大の関心テーマであるのじゃ。
伊丹のパチンコに詳しい識者をつかまえてこの点を聴いてみた。

すると、伊丹市内の熱心なSLOTファンは、どうやら伊丹より北の【川西市】に流れることが多いそうじゃのぅ。
なんでも川西市には「キコーナキセラ川西」(880台)の非常に集客力のあるお店が在るそうで、この北への流れは避けようのない事実のようじゃ。
まあ、キコーナ殿にとっては、トータルで自社のお客が流れるわけだから、痛くも痒くもないじゃろうが(笑)。

やはりのぅ。
人口20万人近い伊丹市に、遊技台数が合計3,071台として、台当りの支持人口は64人もおるから、全国平均の3倍以上の人口が住んで居る計算とはなる。
されどいくら閉鎖的な商圏と云えども、流出は避けられぬ時代なのじゃのぅ。よい勉強になるわぃ。
ならば今度は是非その川西市とやらも視察してみたいものじゃ。

最後にもう一度、JR伊丹駅前に残る〈有岡城〉の跡をみて江戸に戻ると致そう。
何年か前のNHKの日曜大河ドラマで『軍師官兵衛』というのをやっておったのを覚えておろう。
あのドラマの中で、黒田官兵衛が、信長公に反旗を翻して毛利方に寝返った荒木村重に対し、信長側に戻るよう説得しに、村重のところに出掛ける話しが出てきた筈じゃ。
何を隠そう、その村重の城こそ、目の前の《有岡城》なのじゃ…ここにワシの尊敬する官兵衛殿が数カ月も幽閉されておったのか…まさに、歴史の舞台じゃのぅ。

▼いまや大阪の大山観光であるが、64年前の創業はこの「伊丹一番」から

▼阪急伊丹駅前西口の「ゼニスコート」の大型スロ専

▼朝イチの並びも有る「SLOTキコーナ伊丹」

▼「タウンライト」との店名ながら、決して低貸し専門店では無い

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