【越中の国=氷見市 篇】 未踏の地[越中富山]に進出!破竹の勢い、GAIAの新たな主戦場を巡る

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第115回

【越中の国=氷見市 篇】 未踏の地[越中富山]に進出!破竹の勢い、GAIAの新たな主戦場を巡る

いやはや一年半ぶりの越中富山じゃな。
前回参ったときは富山市に出店して一年に成った「KEIZ富山」と、迎え撃つ「マルハン富山」の戦さぶりをチラと横目で見ただけじゃったが、その後どうなったんじゃろな。
富山市の続報はまたこの次にして、今日は寒ブリも終わりに近づいた氷見市の「下見」の後、「鰤しゃぶ」と洒落ようかと思う。
なんでもこんな人口5万人にも満たぬ所に、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの「GAIA」殿が越中初進出されるという事らしいからのぅ。

━ライバル3社がしのぎを削った歴史を振り返る━

(1)氷見市とは〈氷を見る市〉と不思議な字を書く。
どうせこんなもん当て字に決まっておる。
昔は「日見」という部落名が在ったと何かの本で読んだ事がある。
そうじゃ、ズバリ東の立山連峰から上って来る太陽を富山湾越しに仰げる所じゃからのぅ。
しかし昭和13年(1938年)に台風明けの風に煽られた大火で街全部が焼け野が原になってからは「ひを見る」では縁起でもないので氷見に成ったという話しも聞いた事がある。
そう言えば昨年末の糸魚川の大火と云い、魚津の大火(1956年)と云い、日本海側に大きな火事が多いのぅ。
これらは全て南方の山から日本海に向けて吹き降ろす風によるフェーン現象によるものじゃ。
今の氷見はそんな過去の事などとっくに忘れて「寒ブリ」の観光地として全国的に有名になっておる。

さてそんな氷見の街に東京からGAIA殿が進出なさるという。
調べたら、元はエスタディオ、更に遡れば90年代に日本中のパチンコ店に名を轟かせた「スーパーVENZ」の場所と云うではないか!
ここで90年代の氷見の激戦ぶりを20年前に遡って少し振り返ってみるとするか。

・ノースランド氷見(当時824台→現529台)
・スーパーベンツ氷見(当時648台)→エスタディオ(610台)※17.1/22閉店
・パチンコトヤマ氷見(当時848台)※08.1月閉店

という様に当時人口6万の田舎町でケタタマシイ戦さが繰り広げられておった訳じゃ。
この3社は富山では宿命のライバルとかいうヤツで、この3社による“潰し合い”の様な戦さは当時の業界誌でも喧伝されておったもんじゃ。
結果、氷見ではノースランドの澤田殿だけが残られたという訳じゃ。
ベンツの跡を引き継いだエスタディオの中西殿の店は、今は県内では射水市小杉に1店を残されるのみである。
いやはや“兵どもが夢の跡”かと思っておったら、まさかそこにGAIA殿が富山県初進出されるとはのぅ。

━人口減少の地方都市の出店、その真意とは━

(2)しかし御多聞に漏れず、全国の地方都市の人口減少は凄まじい勢いで、この氷見市も10年後には42,000人に減少すると予測されておる。
今や日之出の勢いのGAIA殿が、今や激戦区の富山市や高岡市ではなく、嘗ての“古戦場”である氷見市に出店を表明された事に、ワシもいささか驚きを禁じ得ない。
たぶんワシの推測じゃが、GAIA殿は南方9~10kmの高岡市からもパチンコ客を北上させて、高岡マーケットにも手を伸ばそうと心得ておられるのでは有るまいか?
であるとすれば、現に、さいたま市に昨年末にグランドしたGAIA殿の「岩槻店」(1153台)、「東大宮店」(1304台)の影響は春日部市だけでなく、野田市あたりにまで微妙に及ぶと聞いておる。
故に、勢いを?んでおるGAIA殿ならば、高岡マーケットへの影響も考慮に入れておるやもしれん。

ここで、富山県下第二位の高岡マーケットにも触れておかにゃなるまいのぅ。

(3)高岡市は、平成の合併で周りの「新湊市」「福岡町」「戸出町」を吸収しても、やっとこさ17万人あまりの小都市じゃが、パチンコは激戦区じゃ。
同友会代表の東野殿の「KEIZ高岡」(1012台)が出て来られて4年余りとなるが、他に京都の「スーパーDOME」殿が2店、金沢の「DSGアリーナ」が1店、ダイナム殿が氷見を入れて3店。
他に福井の「タイヨーネオ」「クアトロ」「半屋」も各1軒ずつ出店しておる。これで県外勢は計10店舗進出ということになる。よって高岡・氷見商圏では、これから出てくるGAIA殿を加えて11店となる。
かたや地元富山県勢は「ノースランド」殿(高岡+氷見)は4店と、「金の玉新湊」の計5店のみじゃ。これを見てもいかに他県勢が、日本海側屈指の“有望マーケット”として見られておるかが伺えよう。
またマルハン殿がこのエリアには出店していないのと、ダイナム殿がこの富山で随分と隆盛を続けてこられた事も、GAIA殿にとっては魅力と映ったのかもしれぬ。

━県外企業の成功と地元企業の苦戦━

思い起こせば「KEIZ」殿が金沢から更に東に伸びてこの高岡に出て来られた当初は、大苦戦されたことが未だに強く印象に残っておる。
金沢のメガドンキの一角を借りて出店されたときも、大丈夫なんかいな?と思うような大苦戦であった。
ところが今は北陸の両店はおろか「KEIZ富山店」を加えて3店舗とも極めて“利益店舗”に変身しておる。
さすがは東野殿のゴッドマザー(失礼)と感心することしきりである(※まだお会いしたことはないが、今は高岡に合併された新湊市のご出身と聞き及ぶ)。
「KEIZ高岡」の出店された場所は、“血の気の多い”と云われる旧:新湊市や、(高岡市)伏木といった海側の街へ渋滞せずに行ける庄川の川べりの道沿いである。
さすがゴッドマザーはそうした高岡マーケットのポイントを知り抜いておられるとみた!
今回GAIA殿が出店される氷見市も新湊や伏木に負けんくらい気性の激しい人が多いと言われておる。
だいいち大正時代に「米騒動」が勃発したのも海側の魚津市のカーチャンがただったからのう。
さてGAIA殿はこうしたトヤマのパチンコ好き者の心を?めるか、否か。

■ワシが不思議でならんのは、富山有数の湾岸工業地帯であり、かつ“気性の激しい”人たちの分布も多い旧:新湊、高岡伏木、氷見において、殆ど「ぱちんこ屋」が残っとらぬ事である。
あれほど北陸を代表する工業地帯であったエリアじゃったのに。
北陸新幹線がもう20年早く出来ておったなら、このエリアも人口が増えておったのやもしれぬが…生産の合理化が進んで労働人口も急速に減ったのかもしれぬのう。
いずれにしても、これは未だに謎じゃ。

━越中富山のGAIA初進出、果たして…━

(4)氷見のGAIA殿の出店は、まだ当面先の事ゆえ、今度の巡察はこれ位に致そう。
ここで、折角高岡・氷見に参ったのじゃから、格調高く文化の香りを嗅いで江戸に戻ろうではあるまいか。
いまを去る事1300年度前の奈良時代に遡る。
大伴家持(おおとものやかもち)と云う国司がこの越中に赴任してこられた。
当時日の出の勢いであった藤原氏ほどではないが、古くより皇室に使える大豪族じゃった。
「おお(王)とも(伴)」という名がそれを物語っておる。
家持はのちの万葉集においても著名な歌人となる。
その家持が奈良から最初に28歳で赴任してきたのが、この高岡の伏木(越中国府)であったわけじゃ。
家持が特に多く和歌で歌ったのが「二上山(ふたがみやま)」(274m)という小ぶりで綺麗な山姿の山じゃ。
きっと奈良の「二上山(にじょうさん)」と引っ掛けて故郷を懐かしんだのであろう。
今は万葉二上ラインとして美しいドライブコースと成っておる。
これから始まるであろう〈氷見・高岡〉のパチンコ客流動化の波を、この二上山は静かに見おろしてくれるのであろう。
さて、高岡でキトキトの活きのイイ鰤も口に入った事だし、これから北陸新幹線で高岡駅から江戸東京にひと走りじゃな。
なにぃ、東京までノンストップみたいに走る「かがやき」号は、高岡駅には停まらんじゃとぉ~。う~ん、ここでも富山市に差をつけられておるのぅ。
それにしても、誰が東京⇔富山間を2時間8分で結んでしまうなどと想像できたであろうか?!
GAIA殿も、北陸新幹線ができたおかげで北陸に進出する気に成られたのは間違いあるまいて(笑)。

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