【淡海の国=滋賀栗東・甲賀:篇】、京への入り口・淡海の国、P市場も戦乱に…!?

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第51回

【淡海の国=滋賀栗東・甲賀:篇】、京への入り口・淡海の国、P市場も戦乱に…!?

万葉集に、逢坂をうち出でてみれば 近江の海 白木綿花に 波立ちわたる、と詠まれた琵琶湖じゃ。琵琶湖と言う命名は、この大湖のカタチが琵琶に似ておることが分かって来てからで、もともとは「近つ淡海(あうみ)」じゃ。それがいつのまにか近江と記されるようになってしもうた。淡海というのは、淡水の海ということで、昔の人はよくぞ良い名前を付けたものじゃのう。

万葉にもある逢坂(おおさか)の峠というのは、大津から山科に向かって京に入ろうとするときに必ず通らねばならぬ狭い峠でのう、信長殿が比叡山延暦寺を焼き討ちにしてもうたのも、僧兵どもがこの逢坂峠をガッチリ固めておって、京に入るのに大変な苦労をされたことによる戦略的な焼き討ちであって、決して天台宗や仏教を嫌悪しておったからではない。

昨年末、滋賀へ他県からの大型新規出店が相次いだ

という訳で、今回淡海=滋賀に入るに当り、逢坂峠にふれたのには訳が有る。京都には、松原興産、第一物産という30年前に既に1,000億を達成された大手企業が有るというに、何故か滋賀県への進出は殆どと言ってよいほど控えめであった。京都では大手の晃商殿もそうじゃ。他方、朝陽物産(ワイド)、平和商事(ACT)、大和観光開発(フォーカス、イーゴス)らは逆に滋賀に専ら出店されておったのじゃが。どうもワシは、この逢坂峠が引っかかっておったように感じてならぬのじゃ。

遡って80年代後半のバブル期、大阪、京都のP企業は、こぞって福井、石川、富山の北陸方面に続々と出店したが、第一物産(オメガ)殿以外はことごとく失敗に終わっておる。何故同じ近畿の滋賀ではなくて、北陸じゃったのかは不明じゃが、やはり逢坂峠を越えることの抵抗感がどこか無意識に有ったのではなかろうかのう。

同様に東の愛知、岐阜、三重から滋賀への出店と言うのも、不思議に殆ど見られなんだ。やはりこれは関ケ原から西の関西圏に対する心理的抵抗感が強かったことは間違いあるまい。という訳で、遊技場においては、幸いか不幸か、この淡海=滋賀は中間地帯として東西の“草刈り場”にならずに平穏に過ごせてきたとも言えよう。

しかし、昨年末にこうした“定説”を覆すような大型の新規出店が相次いだのである。今回の任務は、この淡海の今後を分析し冷静に予想する事じゃ。ささ、いざ向かわん。

年末年始、滋賀へ大型新規出店の「ベニス」と「オメガ」

❶ まず栗東からじゃ。ここで国道1号と8号がちょうど分かれる。またちょっと京都寄りの草津にて名神高速と新名神とが分岐する。つまりじゃ、この辺りが天下の要路の分かれ道という戦略上の要衝といえよう。つまり、東海道と中仙道と北陸道じゃな。それ故淡海を押さえるものは天下を押さえるということになる。信長殿が安土(いまの近江八幡)、さる秀吉が長浜、明智光秀が大津坂本に居城を構えたことからも窺がい知れよう。

さて、この国道1号と8号の分岐点あたりに、京都のベニスの池田殿が1,148台の滋賀最大級の新店を出された。年末26日の土曜日じゃ。これ助さん見たか? 壁にどデカく描かれたハイビスカスの花を! 6mは有りそうなハイビスカスの乱舞じゃ。さぞかし30φの沖ドキ、ハナハナが大量に入っちょるのじゃろう。なに~! 30φは無いと。なのにハイビスカスを前面に出すとは、池田殿も秀吉にもひけをとらぬ策士とみた。なんと連日満員御礼に近い客入りの様じゃ。こりゃ正月にも大人のお年玉を貰うた人が仰山おるやも知れぬのう(笑)。

❷ かと思えば、これまた何と元日の1月1日の11時に、栗東の東の湖南市に、同じく京都のオメガ殿が1,020台のこれまた大型店で新規出店なされた。正月元旦のグランドオープンちゅうのをワシも3~4回経験しておるが、それはそれで新年の運だめしでイイもんでのう、想像以上に成功する確率は高いものじゃ。オメガ=第一物産殿も久しく新規が無かったかと思えば、ここへ来て一気にマグマの放出でござるか。場所も三重の鈴鹿、四日市に向かう国道1号沿いで、先ほどのベニス1,480台とは11kmの距離じゃ。混まなければ車で20分の距離じゃのう。正月ぐらいは双方の店の行き来は充分ありうるじゃろう。

見れば、栗東にもオメガ殿の300台の店はあるが、同じ京都のベニス殿に大きくぶつけられたので、さながらその意趣返しというところかもしれぬのう、ガハハ。

「ベニス」「オメガ」の大型新規出店に触発されて…

❸ この2店の動きに触発されたか、更に東隣の甲賀の里にも動きが見られる。「泰豊水口店」の名で営業されておったジョイナス殿が、新たな装いで「アネックスパチンコステージ」の名前で、400台の4円ぱちんこ専門店として暮れの29日にグランドオープンされたぞ。それというのもすぐ200m西には丁度1年前に「アネックススロットステージ」として508台の20円スロット専門店に業態変更して成功されておるからじゃ。このジョイナス殿も旧高山物産の流れを受け継ぐ京都の企業じゃ。こうしてみると、京都勢がいまや大きく羽根を伸ばして滋賀の遊技場に大きな変化を造ろうとする時期なんじゃろうな。

❹ これで終わりではない(笑)。目を北の彦根の方に向けてみよう。彦根には実は早くよりマルハン殿が県下1号店を開設されておるほか、大阪のキコーナ殿も出店されておる。更には中京圏からは唯一、三河の豊橋から「オーギヤ」殿が777台で6年前に出店をされておる。その意味ではオーギヤ殿が関ケ原を超えた稀有な企業という事になろう。

ところがじゃ、このオーギヤに負けじとばかり、中京圏最大手と言ってよい三重のキング観光殿が、彦根南部の国道8号線沿いに、暮れの26日に1,000台の規模で出店を果たされたのじゃ。こりゃ、滋賀県始まっての大騒動じゃわな(笑)。なにせ一挙に1,000台超えの巨艦店が3つも年末に押し寄せたのじゃからのう。いやはや、この正月は滋賀のぱちんこ客は例年以上に勝率が上がって、ホントによかったではないか。他方既存の中堅、小型店にとっては例年にない緊張感の張りつめた年末年始じゃったろう。

いつの世も淡海の国は京への入り口となるため戦乱に巻き込まれることが多かったろう。その最たるものがワシの爺様が勝利された関ケ原じゃ。西軍の将、石田三成も彦根の佐和山を居城としておった。当然いま佐和山城は徹底的に破壊されて跡形もない。天下布武を宣言した信長公の安土城も火災で燃え落ちて跡形もない。

願わくば、遊技場は戦争をする店舗にあらず、それ故大きい城も小さな城も各自の戦略に則って、お客の支持を得べく、知恵を振り絞って切磋琢磨して欲しいものよのう。

カテゴリー: パチンコ,注目ホール,注目市場

メッセージを残す

メールアドレスが公開されることはございません。