【甲斐の国その①=甲府市、石和市:篇】、遊技場視点から商売として悪くない!? 小森黄門ちゃま甲斐路を行く

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第82回

【甲斐の国その①=甲府市、石和市:篇】、遊技場視点から商売として悪くない!? 小森黄門ちゃま甲斐路を行く

ひさかたの甲州路じゃ。信州上田、上野桐生、下野宇都宮と巡回して参ったので、目を西に転じて今日は甲斐の国じゃ。家康爺様の頃より、この甲州という地は格別の意味が有ってのぅ。源氏の流れを受け継ぐ甲斐武田氏の家来たちがたくさん残っておってのぅ、或る者は八王子に移住せしめて、農地を開墾せしめたり、御家人たちの足軽として雇ったりして、武田家の遺臣たちには何かと便宜を図られたものじゃ。幕末の近藤勇や土方歳三殿などもそうした末裔じゃ。江戸城に万が一攻められるようなことが有れば、半蔵門を出て馬で一直線に甲州街道を西に走るというのが、爺様の危機管理の要諦であったと聞いておるわ。家康爺様の息子の一人も甲府城主として領地をあてがわれておるし、県全体がほぼ幕府の直轄地となっておる。

さて、人口が83万人余しかおらんこの山梨であるが、遊技場という視点で見ると案外商売としては悪くないという噂も聞いておる。それは外食産業が比較的盛業であることからも窺がい知れるかも知れぬ。海の無いこの山梨であるが、(人口当たり)回転ずしの軒数は全国トップクラスらしい。海が無い故に「ご馳走」が鮨であるというのも十分頷けるが、それだけ人が車で動くということは、遊技業にとっても悪くは無いんじゃろうのぅ。おまけに降雨量が少のうて稲作に向かん土地柄か、農業では葡萄、桃などの果樹生産が主体で、稲作農家よりは現金の周りが良いのかもしれぬ。という訳で、大名の不穏な動きとは無縁なこの甲州ゆえ、ゆるりと果樹園と周りの山の景観に浸りながら遊技場巡りを致そうぞ。

山梨においても“県外勢”による進出は他県以上に…

❶ 地図を開けてみておったまげるのぅ。「甲府市」「甲斐市」「甲州市」「山梨市」ときた!これではいったいどこが県庁所在地なのか? 他県の者には分からんではないか。先週の下野の国でも、栃木市というのは県庁所在地ではないことは、よく知られておるが、この山梨に関してはホンマに困ったもんじゃわい。この一事を以ってしてもこの甲州と言う国は、武田氏が滅んだ後、代わりの大名が不在で、百姓一揆がよく起こったことからも、個性の強い国人が多かっただろうことが推察出来ようというものじゃ。

ところで遊技場が多く固まっておるのは、石和温泉のある「笛吹市」、「甲府市」「昭和町」「甲斐市」それに「韮崎市」という事になろう。ゆっくり景色を味わいながらこれら全部を回ることは到底不可能ゆえ、「甲斐市」と「韮崎市」は次回に回すことに致そう。

❷ ではまず石和温泉のある笛吹市から見て参ろう。しかし、しみじみと感ずる事がある。それはこの山梨も、ご多聞に漏れず“県外勢”による進出が他県以上に強いという事じゃ。20年前には地元勢ばかり丁度100店舗在ったものが、いまはその1/3が廃業して67店舗と成っておる。この甲府盆地に限って言えば、約40店舗のうち半数は県外勢じゃぞよ。かつて20年前は『甲子園』というパチンコを2店やっておられた越水殿が、全国18,000店舗の全日遊連の理事長をされておった土地柄であったのにのぅ。この様変わりようはどうじゃ! この石和温泉周辺だけでも「BIGユニー」「セゾン」「アポロ」「ARCO」「スリーセブン」「甲子園」といった繁盛店が全部消えてもうた。いくら当時は現金機がバリバリ動いておった時代じゃったとは言うても、その現金機の全撤去の旗を振られた越水殿の地元の店がことごとく潰(つい)えるとは…、言葉が出て来んというものじゃ。

特に「アポロ」殿は場外馬券場の真向いということで、土日ともなると静岡の御殿場あたりからもやって来るお客で超満員じゃったもんじゃ。そのアポロが無くなり、その後が低玉専門館の『チャンピオン・フォレスト』という店に替わっておるのを見るにつけ、漢詩の文句じゃないが〈少なくなった髪を掻きなぐり涙流るる〉思いにかられよう。まさか絶対的有利立地にある店が、かく成ろうとは、世にも珍しいケースである。

勢力を伸ばす“県外勢”の動向

❸ 代わりに、アッと言う間に勢力を著しく伸ばしてきたのが、御殿場を越えて進出してこられた静岡の『ABC』殿である。いまやABC殿にとっては、或る意味、静岡以上に収益性の高いのが、ここ山梨県ではあるまいかのう。一挙に7店舗をこの甲府盆地だけにドミナント出店されておられる。ちょうど戦国時代に駿府の家康爺様が甲斐を勢力下におかれたのとそっくりの構造じゃ。

これは先週覗いた下野=栃木県の宇都宮周辺に、水戸・勝田のZENT殿が集中的に大型店を出されておるのに比較的よく似ておろう。ABC殿につられてか、同じ静岡で一大勢力を築かれた『マルハン』殿も3カ所に陣を構えられた。『ダイナム』殿も負けてはおられん。もともと地場の『大黒天』様を傘下に収めていた“先輩格”として「笛吹」「韮崎」「南アルプス」に出ておられる他、元の大黒天は「やすみ時間」として営業されておる。

信州勢も負けてはおらん。諏訪の『ニューアサヒ』殿が甲府市の南に陣を構えたかと思えば、松本の『ニチエイ』殿も甲府、昭和町に計3店舗を展開為された。こうなると、岐阜・多治見の『KEIZ』もだまっちゃおれん! とばかりに韮崎近くのラザウォークという商業施設の中に御出店。ここまで書くと、『Mr.パチンコ三井』を忘れとるんか? と上越の三井殿に怒られそうじゃな。出店の経緯については後程記載するとして、ダイナム殿に負けずとも劣らずいち早く甲府盆地に越後より進出為されておったわい。

受けてたつ“地元甲州勢”の意地

❹ こうしてみてくると、地元甲州勢は皆弱小で県外勢力に覇が立たないのか? と言えば、さにあらず。どっこい『DAIMARU』の大久保殿を見損なうことなかれじゃ。特に「DAIMARU石和店」(802台)は巨大なJRA場外馬券場の真横に大型店を出されておって、さながらJRA附設のパチンコ店のようじゃ。しかもこの土地は甲府の名家の観光農園じゃった場所とあるので、さすが地元の大久保殿でなければ手に入らなんだと思われる。DAIMARU殿は、この石和以外にも「甲斐市・竜王」と「南アルプス」にも抜群のロケーションに出店為されておられて、山梨の意地というものを見せて居られて微笑ましいのぅ。

地元と言えばKOKUSAIグループの「PIA1000」も忘れてはならないお店じゃ。20年前には比類するもの無きほど県下NO.1店舗として、関東地区の遊技場関係者がよく視察に参っておったもんじゃが、その後数店舗閉められて、今は往年の勢いはない。また『ジャンボ』チェーンの西野殿の店も往時は業界誌にたびたび取り上げられるほど斬新な店づくりをされておったものじゃが、経営破綻されてもうて、今は存在しない。しみじみと時の移り変わりというものを感じざるをえない甲州探訪であるのぅ。

❺ ところで先ほどの「Mr.パチンコ三井」であるが、建っている場所は甲府駅北で、幕府時代は刑場の跡と聞き及んだ。ここは三井と言う地名ではないのに、何故「三井」なのか? そう、三井とは上越の三井社長の御苗字ではないか! ふつう店名の後には、自分の苗字は付けないもんじゃが、はて何かこれには訳が有りそうじゃな。調べてみると、三井殿とDAIMARUの大久保殿とは近しい親類関係にある様じゃ。三井殿からすれば、存在感を示すべく、気合を込めて命名されたのがこのお店の様じゃな。いやぁ、実に人間臭いドラマではないか。最近は大手を中心に物件開発担当者レベルで出店の可否判断がなされておって、オーナーの人間臭さが殆ど無くなってきておる故、こうした三井殿の様な出店ドラマはとんと聞かれなくなって寂しい限りじゃ。興味深いのは、この「Mr.」の横には祠が有ってのぅ、刑場で命を召された人の御霊を祀るために、この祠を造ることが出店の許可条件じゃったようじゃ。

さてと、明日は甲府から西を探索するとして、ここいらで夕餉(ゆうげ)とそれから投宿と相成ろう。夕餉は助さんが日ノ本一旨い鰻屋を見つけておるゆえ、浅草モノより旨いかどうか舌で検分といくか。そして楽しみの宿じゃが、むかし銀座のホステスとどんちゃん騒ぎした石和温泉など御免じゃぞょ。そうじゃ、湯村温泉じゃ。あそこはホンマに良い湯が沸き出ておるわい。天然かけ流しじゃ。いざ参らん。

(次号に続く)

 

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かつて甲府市一番店であった「PIA1000KOKUSAI」(1,000台)

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「マルハン石和店」(730台)

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山梨県で最高立地の「DAIMARU石和店」(802台)

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20年前は超一番店であったアポロ後の「チャンピオン・フォレスト」(322台)

カテゴリー: パチンコ,注目ホール,注目市場

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