【越後の国=長岡市:篇】、新潟に堆積した“ぱちんこ文明”に想いを馳せ、小森黄門ちゃま長岡をゆく

小森黄門ちゃまの業界漫遊記 第90回

【越後の国=長岡市:篇】、新潟に堆積した“ぱちんこ文明”に想いを馳せ、小森黄門ちゃま長岡をゆく

2年ぶりの長岡じゃ。長岡と言えば、明治に成る直前の慶応四年(1868年)、長州・薩摩を中心とする討幕軍を迎え撃って奮戦した長岡藩上席家老の河井継之助と、太平洋戦争開戦の引き金となった真珠湾攻撃を立案実行した山本五十六(元帥)の両名が歴史上の有名人じゃな。今の世は太平洋側の大都市中心に経済と政治が流れていて、日本海側は滅多に注目される事は無いのじゃが、江戸時代の物流は日本海を航行する千石船で、大坂(大阪)と蝦夷(北海道)を頻繁に結んで、米、材木、石材、海産物(俵モノ)を運搬しておったもんじゃ。山形鶴岡の本間家などは日本海側を代表する大財閥であった。ここ長岡も、信州から流れてくる信濃川の水運を通して、新潟港への中継基地として、それは栄えたことじゃろうのう。こうした街からは英才も産まれやすいものじゃが、河井殿も山本殿もこうした風土でのびのびと育たれたのじゃろうのう。

県外企業にとって厳しい「新潟ジンクス」

❶ さて、遊技場にあっては「新潟ジンクス」と名付けられる現象を知っておるか? 知らん…?、無理もない、ワシが名付けた現象じゃから、人口に膾炙(かいしゃ)して(注:広く世の人々に知れわたっていること)はおらぬ(笑)。

■「新潟ジンクス」とはこうじゃ。

〇 新潟県内の遊技場178店舗のうち、所謂「ダイエー・血脈」一統のお店だけで実に70店舗というから、率に直して約40%!

〇 平成に入っていろいろな県外企業が新潟に進出してきおったが、県外企業で地域一番店なるものは、ほぼ皆無

Ex.
・福島会津のダイエー殿も昔出店された様じゃが、新潟ダイエーの“厚さ”の前に撤退
・山形のベガスベガス殿も新発田に出店されたが、撤退されDAMZ殿が跡を購入
・隣県の福島の二ラク殿も、新潟では3店舗どまり
・隣県の富山の永森殿も長岡、上越も撤退で、今は新潟市1店のみ
・どの県外企業よりもいち早く新潟に進出されたダイナム殿は、県内で15店舗展開されておるが、大都市の新潟市、長岡市では一番店といえるものは無い。(※ 隣の富山県で一番店が多いのと好対照)
・リーディングカンパニーのマルハン殿は県内6店舗ながら、圧倒的一番店は無い
・隣県の群馬や長野から新潟県に出店しようと言う企業は一つも無い

どうじゃ、「新潟ジンクス」の一端が分かったかな? これをジンクスと言わずして何と言おう。

長岡のパチンコシーンは日本のどこよりも成熟した姿!?

❷ ここ長岡に於いては、更に「新潟ジンクス」は顕著じゃ。

・在ろうことか天下のマルハン殿の長岡店が昨年1月に閉店しておるのじゃ。かつて長岡には「マルハン」が2店舗在ったのに、今は1つのみ。つまり1店舗閉鎖!
・「ダイナム」殿も“負けてはおらん”(失敬)。市内に昨年まで2店舗在ったのに、1店舗閉鎖。
・地元長岡の「DELZE BIG SITE=㈱八号線」も過去に6店をスクラップ。
・新潟市の強豪「N-1=㈱シリウス」殿も3店スクラップされて、現在は2店舗となる。
・なぜかもう一つの新潟市の強豪「DAMZ」殿は長岡市には出店されようとしない。

昔、『神々の指紋』(グラハム・ハンコック著)とかいう本がブームを呼んだことを思い出すわい。我々が一般的に習って来た〈人類の文明はシュメール、インダス、エジプト、黄河の4大文明から始まった〉という“定説”を見事に覆すような物証をたくさん取り上げたシリーズ本じゃ。この本に例えると、さしずめ長岡もパチンコ業界の定説を覆すような街と言って良いんではなかろうかのぅ。大げさに言えば、我々が今見ておる長岡の遊技業界は、既に何回かパチンコ文明が滅びた後の“姿”ではなかろうか? エルサレムの遺跡じゃないけれど、旧約聖書の時代、度重なるバビロニアやペルシャ、更にはローマ軍によって何度も破壊され、中世に於いては数次にわたる十字軍とイスラム勢との攻防によってまたまた破壊された。その遺跡の上に立っている我々の目には、過去の出来事を知るべくもない。

例えると、長岡で過去に起こってきたパチンコの歴史は、日本のどこよりも堆積物が積もっていて、他のエリアの常識が通用しない世界なんじゃなかろうか? とすら思えてくるのじゃ。言い換えれば、長岡のパチンコシーンは、日本のどこよりも成熟した姿とでも言える気がする。

50銭、1円パチンコの比率が他県よりも高い新潟県

❸ ならば、サルガッソー海の伝説ではないけど、この長岡と言う“海域”に入り込んだ店が“難破”して“沈没”していく所以(ゆえん)や如何に?!

難しく考えることはない! とワシは思う。新潟県は隣の越中の3倍ほど広いが故に県民性を一口で言い表すのは憚られる。じゃが60年代の高度成長期に新潟から仰山上京して働いた中卒の子達をみれば、実に生真面目に一生懸命働いて、親方が休め! と言っても、要領かまさずにひたすら働き続けた青年たちが多かったことが思い出されよう。商売人の県じゃないゆえに、駆け引きやハッタリは苦手じゃろう。

すなわち、こと遊技場に於いても、出される機械と釘の状態に対して、つべこべ言わずに黙って打つという県民性じゃろうと思うわぃ。じゃが、財布は正直じゃからのぅ。まして新潟県は隣の富山県と比較しても可処分所得が相当低いからのぅ。厳しい粗利ゆえに「遊べなく」なったら、それが業界大手だろうが何じゃろうが、黙ってそっぽを向かれてしまうという結末になるのが、この新潟県という所ではあるまいかのぅ。その証拠に50銭や1円パチンコの比重が、新潟は他県よりも高いのじゃ。また基本的にコメ作り農家が多い故か、農協の幹部をひとたび“敵”に回したらみんな離れて行ってしまうことも考慮に入れとかにゃいかんだろうて。ま、言い替えれば“無辜(むこ)の民百姓を侮ると”えらい目に遭うのが、この「新潟ジンクス」の根底に有るのではないか、と見ておる。

長岡における注目店舗を巡察

❹ さぁて、前置きが長くなったが、ササッと街を一周してみるか? 長岡には太い太い信濃川が街を縦にぶった切っておる故、信濃川の西側と東側とで2つに分けて観れば、概ね間違いは無かろう。

(1) 信濃川の西と言うと、地政上、関越自動車道と北陸自動車道が合流し、長岡I.C.によって新潟市、柏崎市からも広く長岡に来ることができる、戦略的に重要なエリアであろう。げんに商業集積も殆どが信濃川にかかる橋を渡って、長岡I.C.までの間に集中しておる。

遊技場でまずここに目を付けたのが新潟市のN-1殿じゃ。大昔、角栄殿が日本を強力に引っ張っておられた頃、越後交通、越山会という泣く子も黙る程の力を持った組織が、この信濃川河川敷開発という“天才的”手法で広大な有用地を創造した。この「寺島」地区に真っ先に、複合で出店為された(※但し15年程前の出店時は「NO.1」という名前じゃったがのぅ、ククク)。

当時日本海側では初めての複合出店であったと言って良かろう。たしか吉野家、クレープハウスのようなテナントを従えての画期的な出店であった。そして、今日もこの「N-1寺島」(720台)は長岡一番店としてのポジションを保っておる。立地もさることながら、〈出すべき時に、出すべきコーナーでしっかりDAS〉という営業姿勢が長岡では十二分に浸透しちょるんであろうのぅ。

(2) この「N-1寺島」が出来たことで「ダイナム七日町」「777=じゃらん」「VEAM」{デルゼ・ビッグサイト長岡古正寺}も皆影響受けたと見ゆる。そして詰まる所「旧:マルハン長岡」が撤退に追い込まれてしまった!

ところが、この現状に大きな変革を起こすべく立ち上がった方が居られる。M.I.D.ジャパンの三井慶満社長じゃ。なんと閉店した「じゃらん」跡に恐らく新潟最大と思われるスロ専を開店されるという事じゃ。『ZAP』という名のスロ専は、既に約5年前に新潟市で397台で開店され、今も盛業であるが、遂に2店舗目の開店か! と感慨深いものが有る。

来年以降の「ぱちんこ機」がどう動いてくれるか? 現時点では全くと言ってよい程見えない中にあって、新潟最大のスロ専と言うのは実にタイムリーな時代の先読みではないか。これにより、幾世代の淘汰を経た長岡パチンコマーケットに新たな旋風が起こせるのか? 全国的にも注目すべきテストケースと成ること必定じゃと、ワシは思うぞ。

(3) 今度は8号線の長岡大橋を逆に戻って〈川崎地区〉に足を運んでみよう。ここは比較的新しい開発地区で、20年程前は一面田んぼだらけだった所であるが、「デルゼ・ビッグサイト川崎」(636台)ができたころから、国道8号線のこの一角だけが賑やかなエリアとなったみたいじゃ。その後関東の「MGM」殿がデルゼの国道挟んで真向いに出店されたのじゃが、なんと3年ほどして閉店してしまわれた! MGM=一六商事殿と言えば、業界ベスト10に入る大手であるが、そんな大手と言えども3年で撤退するのじゃから、まっこと長岡というマーケットはいったいどれだけの“遺跡”を地中に埋めれば済むのじゃ?! と言いたくもなる、驚くべきマーケットじゃな。

(4) 最後にマルハン殿にも触れておかねばなるまい。❷でも書いたが、その昔マルハン殿は信濃川西岸の古正寺に、“かまぼこ型”の480台の店で以って「NO.1寺島」と戦っておられた。しかし戦に敗れ昨年1月に閉店されてしもうたわい。今は3年前に出来た「マルハン長岡平島店」(792台)1店舗でなんとか全国最大手の面目を保っておられる。場所は信濃川西岸を避けて、東岸の旧市街地の南という、ライバルの少ないエリアである。

❺ これで長岡の旅はお終いじゃ。長岡藩は薩長土肥の討幕勢力に反対したために、長岡城は跡形も無く破壊され、明治政府に成っても長岡出身と言うだけで出世できず辛酸を舐めさせられた経緯があったろうぞよ。しかし明治17年に旧長岡藩士の息子として生まれた山本五十六によって、この街の命運も変わっていく。大日本帝国海軍連合艦隊司令長官として、昭和16年12月のハワイ真珠湾奇襲攻撃作戦の立案・実行者とし、米軍に緒戦で壊滅的打撃を与えたがために、敗色濃い昭和20年8月1日の夜に米軍のB29爆撃機による空襲で街は焼け野が原にされてもうた。なにも広島や小倉の様に軍需都市であったという訳でもない。ただ単に山本五十六の生地であるというだけの話じゃ。Remember Pearl Harborじゃないが、米軍さんもしつこいのぅ。

もう一つ忘れてはならないのは70~80年代に圧倒的行動力で日本の政治を引っ張っていった田中角栄元首相である。長岡の隣の西山町(現:柏崎市)出身ではあるが、先ほど述べた信濃川河川敷の広大な開発で越山会の強力な組織を率いたことで有名であった。が、しかし娘の田中真紀子殿が越山会の幹部と全面衝突してしまったことで、いまは越山会の影も形も無い。これもまた「神々の指紋」の世界じゃなぁ。当時を知る者も既に皆70~90歳になってしまった。

まことに今度の長岡の旅は、“埋もれた古代長岡”探求の旅に成ってしもうたわい(笑)。帰り際に内儀には「笹だんご」を土産に買って行ってやるかぁ。

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ZAP長岡インター店

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DELZE BIG SITE長岡古正寺店

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N-1長岡寺島店

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VEAM長岡川崎店

カテゴリー: パチンコ,注目ホール,注目市場

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